ちょっとだけ寂しさを哲学すると元気人間になれる
IT革命旋風で、日本社会では、猫も杓子もIT,ITとばかり騒ぎ立て、安易な情報ばかりに自分の心が奪われてしまっている若者が多い。それにしても、この世の中、情報が実に豊富であるから、「クリックすれば何でもわかってしまう」という錯覚に陥りやすい(実際はそうではないが)。今、「パソコンお宅が多い」とう現実はまさにこれを物語っているのではないだろうか。
加えて、お金を払えば何でも手に入るという世の中の風潮も、どんどん人間の心を歪め、心の中に途方もない「寂しさ」が宿ってくる。世の中の価値観の多くが一辺倒な「プラグマティズム」に走り過ぎ、人は、「自分の本当の心」を他人には明かさなくなってしまう。
そうした認識の下で、よくよく考えてみれば、一見どんなに元気そうな人、成功していそうな人でも、心の中では色々な「寂しさ」や「空しさ」が存在することがわかる。これは、大統領でも総理大臣でも、大手企業のトップ・エグゼクティブでも、あるいは聖職者でも同じことである。
本書では、そうした現代人の持つ「秘められた精神構造」を多方面から再検討し、「寂しさを哲学する」という試みから人間の「性」(さが)を追及しようとするものである。通常、他人は触れられたくない個々人の秘められた「心理作用」「思考パターン」に思い切って立ち入り、意義のあるメスを入れようとした作品である
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